高松高等裁判所 昭和47年(ラ)17号 決定 1972年7月14日
抗告人 石原靖(仮名)
相手方 石原美子(仮名)
主文
本件抗告を棄却する。
理由
本件抗告の趣旨および理由は、別紙に記載のとおりである。
よつて、判断する。
一 抗告理由一、二の点について
記録によれば、抗告人主張の抗告人と相手方との間の松山地方裁判所宇和島支部昭和四六年(タ)第四号、同第八号離婚等請求事件における抗告人の主張および証拠調の結果は、本件の原審において、当事者双方から提出されていないことが明らかであるから、原審において、右抗告人の主張および証拠調の結果を、本件婚姻費用分担の審判をするにつき、判断の資料としなければならない義務はないのであつて、原審判には、抗告人主張の如き違法はない。
また、抗告人と相手方との間の長女桂子の月収が金二万五〇〇〇円であり、同二男俊の月収が金四万円であることを認め得る証拠はないのみならず、本件婚姻費用の分担を定めるにあたつては、右桂子や俊の月収そのものよりも、同人らがその月収の範囲内で現実にどれだけの金員を相手方に拠出しているかが問題となるのであるから、右桂子、俊の月収の点のみをとらえて原審判が違法であるとの抗告人の主張は理由がない。なお、記録によれば、相手方の月収については、その勤務先の証明書が提出されていることが認められるし、また抗告人と相手方との間の長男明の月収についても、他の資料によつてこれを認定し得る限り、裁判所において、いちいちその勤務先に調査嘱託をしなければならない法律上の義務はないから、右調査嘱託をすべきであるとの抗告人の主張は失当である。
二 同三の点について
夫婦が別居し、婚姻関係が破綻している場合であつても、法律上の婚姻関係が継続している限り、原則として相互に婚姻費用の分担義務があり、ただ例外的に婚姻関係の破綻ないし別居の原因が専ら婚姻当事者の一方にのみある場合には、その者は相手方に対し、婚姻費用の分担請求をすることは許されないと解すべきである。ところで、抗告人は、別紙抗告理由三において、抗告人と相手方との婚姻関係の破綻および別居の原因は、専ら相手方にあると主張する趣旨であると解せられるが、右抗告人の主張に副う家庭裁判所調査官に対する抗告人の陳述、原審における抗告人本人審問の結果および当審で提出された松山地方裁判所字和島支部昭和四六年(タ)第四号、同第八号離婚等請求事件における石原靖(本件抗告人)の本人尋問調書の記載内容はたやすく信用できず、他に抗告人と相手方との婚姻関係の破綻および別居の原因が専ら相手方にあるとの事実を認め得る証拠はない。かえつて、記録によれば、右婚姻関係の破綻および別居については、抗告人および相手方の双方にその責任があると認めるのが相当であるから(原審判理由判断4参照)、右抗告人の主張は理由がない。
つぎに、記録によれば、相手方は、抗告人と別居するに際し、抗告人から別居後の生活費として金三〇万円を受領していることが認められるが、他方、右金三〇万円は、相手方が別居後居住する家屋を賃借するための費用(権利金)や別居のための引越費用等に支出した外、右別居した昭和四六年八月二九日以降本件婚姻費用分担の申立をした日の前日の昭和四七年二月一三日までの間の生活費に費消したことが認められる。なお、抗告人は、相手方が抗告人から右金三〇万円を受領するに際し、今後一切金銭的な請求をしない旨約したと主張するが、右抗告人の主張に副う家庭裁判所調査官に対する抗告人の陳述、原審における抗告人本人の審問の結果はたやすく信用できず、他に右事実を認め得る証拠はない。してみれば、相手方に右金三〇万円を支払つたこと等を前提にした抗告人の主張も理由がない。
三 同四、五の点について
記録によれば、抗告人の経営する合資会社石原繁造商店は、銀行等からの借入金が多く、その経営が不振であることが認められなくはないけれども、抗告人は、昭和四六年度において、右会社から現実に税込金一四五万円の給与を受けていることが認められるし、また、抗告人からの個入の収入を右会社の経営に投入したことを認め得る証拠はないから、右会社の経営不振をとらえて抗告人の本件婚姻費用の分担義務を軽減する事由とはなし難いといわなければならない。
つぎに、抗告人主張の如き、抗告人が片腕のない身体障害者で、炊事、洗濯、家事一切を行なうにつき著しき苦労が存すること自体や、相手方の収入が将来増加していくことが予想されること等の諸事情は、現在における抗告人と相手方との婚姻費用の分担額を定めるにつき、必ずしも考慮しなければならない重要な事情とは解し難いばかりでなく、右の如き事情を考慮しても、本件記録によつて認められる抗告人および相手方の月収、生活費、資産その他諸般の事情(原審判理由判断の部分参照)に照らして考えると、抗告人に対し、本件婚姻費用の分担として、昭和四七年二月分および三月分として計金五万五六〇〇円、同年四月一日以降毎月金三万八四〇〇円の支払を命じた原審判は相当と認むべきであつて、原審判には何等の違法もない。
四 よつて、本件抗告は理由がないから、これを棄却することとして、主文のとおり決定する。
(裁判長裁判官 加藤龍雄 裁判官 後藤勇 小田原満知子)